介護保険の給付制限が介護者の健康に与えた影響

現在の高齢化社会において、様々な国で公的介護システムが導入されていますが、公的介護システムが家族介護者(介護をしている家族など)の健康にどのような影響を与えているかはこれまで十分に検討されてきませんでした。公的介護(formal care)システムは一般に、家族による介護(informal care)の置き換えとなります。これまでの研究では、介護をすることは、精神的・身体的負担を伴い健康を悪化させる可能性がある一方、ボランティア精神に基づく利他的行動として、健康を反対に改善させる可能性も指摘されています。そのため、公的介護システムが家族介護者の健康をどのように改善させるかどうかは不明です。そこで、私達は、日本の介護保険制度を例にとって、公的介護給付が減少することが、家族介護者の健康にどのような影響を与えるかを検討しました。

私達は、2006年の介護保険改正を用いた準実験デザインを用いました。介護保険の改正は3年毎に行われます。その中でも2006年の改正は特に大きな変更を伴いました。具体的には、自宅で過ごす人の中で、要支援の人(介護必要度の低い人)の介護給付だけが制限され、介護度の高い人は影響を受けませんでした。この政策変更を利用すると、介護保険の給付制限が、公的介護の利用パターンおよび家族介護者(介護をしている家族など)の介護時間、健康指標にどのような影響を与えたかを検討することができます。その結果、この2006年介護保険改正により、介護度の低い人は公的介護サービスの利用を減らし、その結果、介護者(介護をしている人)はより長い時間介護を行うようになりました。また、主観的健康感・うつ状態・整形外科的症状(腰の痛みなど)を訴える介護者の割合も増加していました。


これらの結果は、介護保険が介護者の健康にとって重要であることを示すと同時に、将来の介護給付のあり方の検討において、被介護者(介護サービスを受ける人)だけでなく、その周りにいる家族介護者のことも考慮する必要があることを示しています。

本研究結果は、2020年6月12日付でBMC Geriatricsに掲載されました。