医師の結婚と働き方 −国勢調査から−
医師の結婚と働き方 −国勢調査から−
医師の結婚相手とフルタイム勤務率についての論文が11月14日付で、米国医師会の雑誌JAMA Network Openより出版されましたのでお知らせします。
世界的な女性医師の増加に伴い、共に医師である夫婦(医師カップル)が注目を集めています。医師の仕事は、しばしば長時間の残業やオンコール・当直業務などを伴い、夫婦共に医師である場合、家庭と仕事の両立において、様々なチャレンジに直面することが予測されます。家庭と仕事の両立が困難になった場合、医師はフルタイム勤務をやめ、パートタイムでの勤務になることがありますが、医師としてのキャリア(専門医取得や症例の蓄積)のためにはフルタイムでの勤務が重要です。しかし、医師の結婚や家庭に関する国レベルの報告はこれまでほとんどありませんでした。そこで、今回私達は、日本の結婚している医師の結婚相手について調査し、結婚相手の職業(医師であるかどうか)がどのように医師の働き方、特にフルタイム勤務率に関連しているのか、を分析しました。
データは2005年〜2015年の国勢調査です。国勢調査は、「我が国に住んでいるすべての人と世帯を対象とする国の最も重要な統計調査」1であり、我が国で最もしっかりした手法で行われている調査の1つです。人口の算出にも使われています。分析には、全サンプルから詳細な情報を得るためにランダム抽出したサンプル(抽出詳細集計)を用いました。国勢調査には職業を自己申告する欄があります。そこに医師とわかる職業(内科医・外科医など)を記載した人をまず抽出しました2。分析対象は、同じ世帯に配偶者がいる子育て世代(25-50歳)に絞りました。働き方については「9月24日から30日までの1週間に仕事をしましたか」という質問があります。職業が医師の人は、それに対し、「主に仕事」、「家事などのほか仕事」、「通学のかたわら仕事」、「仕事を休んでいた」が選択肢になり、このうち「主に仕事」をフルタイム勤務と定義しました3。配偶者の職業は自己申告した職業を日本標準職業分類に応じて分類したものを用いました。フルタイム勤務と配偶者の職業(医師vs 非医師)の関連を回帰分析を用いて分析しました。医師本人の年齢・配偶者の年齢・最年少の子供の年齢・子供の数・都市在住かどうか・都道府県・調査年を交絡因子として調整し、調整後のフルタイム勤務率を算出しました。これは交絡因子の条件が同じだった場合の予測フルタイム勤務を表します。
25321人の結婚している医師が分析対象となりました(約11.6%のランダムサンプル)。そのうち20858人(82.4%, 平均年齢40.8歳)が男性、4463人(17.6%, 平均年齢37.9歳)が女性でした。医師カップルは3074組で、結婚相手が医師である割合は男性医師で約15%(3074/20858)でしたが女性医師では69%(3074/4463)にのぼりました。男性医師のほとんど全員が配偶者の職業に関わらずフルタイム勤務を行っていました(図1)。一方、女性医師は配偶者の職業が非医師の場合、医師である場合に比べ、フルタイム勤務率が高い結果になりました(68.1% vs 76.3%; 調整後比率 1.12; P<0.001)。
この女性医師における差は、非医師の配偶者の職業を比較的高所得の職業(就業構造基本調査で平均年収が500万円以上の職業)に絞って比較した場合、縮まった(調整後比率 1.05; p=0.10)ことから、配偶者である男性医師の高い所得レベルが、医師カップルの女性医師の低いフルタイム勤務率の背景にあることが推測されます。また、子供のいない女性医師では、配偶者の職業と女性医師のフルタイム勤務率は関連しておらず(図2)、配偶者が医師の場合、医師でない場合に比べ、子育ての負担が、より大きく女性医師にかかっていることを示しています。
本研究は女性医師に医師との結婚が多いことを示し、そして医師との結婚が、男性医師の働き方にはほとんど影響しない一方で、女性医師のフルタイム勤務を「さまたげている」要因になっている可能性を示しています。その背景には、医師としてのフルタイム勤務が残業やオンコール、当直をしばしば伴う、柔軟性に乏しい働き方であることがあるのではないかと考えています。女性が男性より子育てにおける役割を期待されている中で、配偶者が医師として働いている場合(男性側も忙しいので)、女性側がフルタイム勤務をやめる、という選択を女性医師がしているのではないかと考えられます。
研究の限界としては、職業が自己申告であること、専門科が不明であること、個人の所得が不明であること、横断研究であり、逆の因果の可能性(フルタイム勤務を希望しない女性医師が医師と結婚しやすい可能性)が残ることが挙げられます。
もはや新しく医学部に入学する学生の1/3は女性です。今後ますます女性医師が増加し、医師カップルも増加していく中で、医師のキャリアの継続、ひいては医療人材の確保のためには、医療界全体で、医師(女性だけでなく男性も)の柔軟な働き方について考えていく必要があると考えられます。
図1
図2
論文タイトル:Full-time Work Rates of Physicians With Physician Spouses vs Nonphysician Spouses in Japan
URL: http://jamanetwork.com/article.aspx?doi=10.1001/jamanetworkopen.2022.42143
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1. 総務省統計局のHPより
2. 2015年の国勢調査から推定される職業を医師と申告した者は275,252人で、2014年の医師調査の医師免許保有者数311,205人に匹敵する数でした。この差は職業が医師以外に分類される者(大学教員など)や現在は働いていない者による可能性があります。
3. 2005年の国勢調査までは自己申告の週労働時間がありました。それを用いると、今回のフルタイム勤務の定義は、週35時間以上の労働に対し、とても良い指標になっていました(感度91%, 特異度96%)。